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父の日記

one_shot_5.jpg売れない画家の父の死後、発見された3冊の父の日記。そこには生前あまり父のことを良く思ってなかった息子にとって、まったく知らなかった父の姿があった・・・

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(PLAY1)


                     S E ドアの開閉の音


マスター :いらしゃいませ。
男性客  :失礼ですが、小峰さんでしょうか?
女性客    :はい。
男性客  :大崎です。始めまして。わざわざすみません。
女性客    :いいえ。
男性客  :どうぞ、こちらへ。
女性客    :どうも・・・
男性客  :なにか、お飲み物を・・・
女性客    :じゃキールをいただけますか?
マスター :かしこまりました。


           S E ドリンクを作る音


男性客  :突然ご面識もないのにお呼び出しして申し訳ありません。
女性客    :どうぞお気を使わずにいて下さい。それよりわたしの亡く
      なった母についてのお話しというのはなんでしょうか?
男性客  :ええ・・・(ちょっと話しにくい)
マスター :お待たせしました。
女性客    :どうも。
男性客  :その前に私の方のお話しから聞いて下さい。その方が順を
      追えますので。
女性客    :結構ですよ。
男性客  :実は私の父も3ヵ月前に亡くなりました。
女性客    :それはお気の毒に・・・
男性客  :あなたのお母様は確か1年ほど前にお亡くなりになったと
      お電話で・・・
女性客    :はい、心臓が昔から弱い方でしたから・・・
男性客  :四十九日の法要が終わって、父の遺品の整理をしてたんで
      す。父は、絵描きだったんです。
女性客    :画家ですか?
男性客  :ええ、まあ。すると私も1度も見たことのない、こんな物
      が出てきたんですよ。


(PLAY2)


女性客    :ご本かしら?
男性客  :父の日記です。日付は1966年7月から始まっています。
      書き出しからだと、その当時父は絵の勉強にフランスに渡っ
      ていたようです。
女性客    :直接はお知りじゃなかったのですか?
男性客  :お恥ずかしいのですが、私は父について多くは知りません。
女性客    :ご一緒にお暮しじゃなかった?
男性客  :いいえ、一緒でした。けどあの手の人間は、なんと言うか
      な・・・世間じゃ変人?
女性客    :芸術肌だったんですよ。
男性客  :そんな芸術家だなんて。ただの売れないヘンコな絵描きだっ
      たんですよ。アトリエと言っても四畳半のボロアパートだっ
      たし・・・
女性客    :お父様の事、あまり良くお思いでなかったみたい。
男性客  :ええ、はっきり言えば学生の頃は憎んでいましたよ。何も 
       しないで売れない絵ばかり描いて、おふくろにお金の苦労
      ばかりかけてた。それに子供の教育には無関心。グレて反
      抗しても、あまり反応ないもんだから子供の方が気抜けし
      てグレるの止めちゃいましたよ(苦笑)。
女性客    :(小さく笑う)
男性客  :(咳払い)そんな調子できたもんだから、親父が死んだ時
      もあまり悲しみは沸きませんでした。なんか、煩わしいコ
      ブが取れたような気がして。
女性客    :コブだなんて、ひどい。
男性客  :でも、これを読んだ時、自分が見て知っていた親父のイメー
      ジとあまりにも違いすぎるのに驚きました・・・この数週
      間は親父のことばかり考えていました。
女性客    :そんなに驚く事が書かれていたのですか?
男性客  :私の全然知らない人間がいたのです。


(PLAY3)


男性客  :パリへ美栄子と一緒に来て3ヵ月がたつ。日本からの逃飛
      行。私はこの3ヶ月間悩み続けた。私がとった行動は果し
      て正しかったのか、美栄子の人生を私のレールに乗せてし
      まって、果して彼女にとって幸せなことだったのだろうか?
      しかしもう引き返す事は出来ない。そんな私の内なる迷い
      と正反対に私達のパリの生活はこれまでにない無上のもの
      である。美栄子は素晴らしい。美栄子との出会いは私にとっ
      てまさしく人生の革命であった。今パリは五月革命と言わ
      れる騒ぎで都市の機能はマヒしている。反ドゴール派のポ
      スターが舞い、シュプレヒコールが唸り、青年達がバリケー
      ドを築き、歌声がし、スピーカーが叫ぶ・・・それはまさ
      しく私の情念と全くオーバーラップする。美栄子と愛し合
      うこと、それは我心の革命・・・
女性客    :美栄子・・・
男性客  :あなたの亡くなられたお母様です。
女性客    :まさか・・・
男性客  :お気を悪くなされましたか?
女性客    :いえ・・・でも・・・
男性客  :ご存じなかった?
女性客    :全然。
男性客  :やっぱり、そうですか。
女性客    :やっぱりって?
男性客  :そんな気がしてました。
女性客    :外国で住んでた事なんて、1度も聞かなかった・・・
男性客  :私の父とあなたのお母様は昔恋人同士だったんです。
女性客    :まさか、あの母が・・・古風でおとなしかった・・・
男性客  :私もまさかですよ。あの父が。
女性客    :人違いじゃないのですか?
男性客  :後を読めば判ります。この辞典みたいな3冊の日記はあな
      たのお母様と絵の事ばかりです。最後入院する3日前まで。


(PLAY4)


男性客  :美栄子の父の危篤を美栄子の姉から聞く。美栄子はこのま
      まパリに私と一緒にいると言ってくれた。私は涙がこぼれ
      落ちた。今美栄子がいなくなると私はおそらく描けなくな
      るだろう。今の私にとって美絵子は、私の情念を揺り動か
      すミューズなのである。美絵子、どうか私の傍らを離れな
      いでおくれ。
女性客    :母は、祖父のお葬式には出たと聞いています。
男性客  :そうです。お母様は帰国されました。そして、2度とパリ
      には戻らなかった。
女性客    :では、その後はあなたのお父様とは?
男性客  :2度と会うことはなかったのです。お父さんがいよいよと
      いう時、お姉さんが迎えに来て強引にお母様を日本に連れ
      て帰ったのです。他の事ならとにかく、自分の父親の死目
      ということでやはり堪えられなかったのでしょう。
女性客    :そうでしょうね。
男性客  :祭りは終わった。パリの街はあのシュプレヒコールがまる
      で幻であったかのように平静を取り戻した。そんな幻を追
      うかのよに時折叫びをあげる若者が警官隊に連行される。
      私も幻を追いながら酒を飲む。ミューズという幻を・・・
女性客    :お父様は待ったのですね。
男性客  :3年間。筆を持つことなく酒だけの日々が書かれてます。
女性客    :3年間も・・・
男性客  :いや、帰国してからも結婚してからもずっと死ぬまで、父
      はなくした幻だけを思い続けたのです。
女性客    :そんなに1人の女性だけを愛し続けられるものでしょうか?
男性客  :普通では考えられません。
女性客    :そういえば・・・
男性客  :どうかしましたか?
女性客    :家にあります。
男性客  :なにが?
女性客    :絵が・・・


(PLAY5)


女性客    :居間に女性の肖像画があるんです。ドレスを着た女性。で
      もなぜか顔立ちが東洋人っぽいんです。それに、どこか母
      に似ていて。1度母に聞いたことがあります。
男性客  :そしたら?
女性客    :画廊で気に入ったから昔に買ったんだと・・・
男性客  :それは、ひょっとして・・・
女性客    :あなたのお父様が描いたもの?
男性客  :かもしれない。
女性客    :時折母はその絵を遠い眼をして見つめていました。   
      近付いた私に驚いて、ハンカチで目頭を押さえたりしたこ
      ともありました。
男性客  :そうですか・・・
女性客    :母もひょっとして・・・
男性客  :あなたのお母様のお気持ちは判りませんが、これは仮定で
      すよ。その絵は親父があなたのお母様をモデルにして描い
      たもので、あなたのお母様はその絵を見て親父の事を思い
      出し涙ぐんだ。
女性客    :ええ・・・
男性客  :そうだとしたら、親父も少しは喜ぶだろう。
女性客    :そんなに愛し合っていたのなら、母はどうしてあなたのお
      父様の待つ元へ帰らなかったのかしら・・・
男性客  :それは、きっと無理だったんだよ。親や兄弟国を捨て、外
      国へ行くことなど2度も出来ることじゃない。
女性客    :ジロウ・・・ジロウさん?
男性客  :え?
女性客    :ひょっとして、ジロウさんって・・・
男性客  :二郎、大崎二郎。父の名前です。
女性客    :母が亡くなる寸前、その名前をうわ言で呼び、ごめんなさ
      いって、何度も何度も。そのときはなんの事だが判らなく
      て、お医者樣を呼ぶのであわてていたものだから・・・
男性客  :ほんとにお母様が?
女性客    :今思えば確かに。すっかり忘れてたわ・・・
男性客  :そうですか・・・


(PLAY6)


男性客  :今日は突然こんな話をして申し訳ありませんでした。
女性客    :いいえ、私も知ることが出来てよかったです。
男性客  :そうですか。言うかどうしょうか迷ったんですが、美栄子
      さんのような素晴らしい女性の娘さんなら、今の私の気持
      ちを共有できるんじゃないかって、あえて連絡させてもらっ
      たんです。
女性客    :母の知らない女性としての一面を知ることが出来て、本当
      に嬉しかった・・・でも・・・
男性客  :ん?
女性客    :死ぬ間際までお互いを愛していたのに、どうして結ばれな
      かったのでしょう?
男性客  :それは・・・
マスター :今は結ばれていると思いますよ。
男性客  :え?
マスター :天国で。
男性客  :あ、そうか。君のお母様は1年前。親父は後を追ったわけ
      か。
女性客    :それか母が迎えに来たのかも。寂しくって。
マスター :前世の契りという言葉がありますね。
男性客  :ええ。
マスター :人は生まれてくる前に、この世のパートナーとはすでに約
      束を交わしているんです。でも中にはうまく巡りあえない
      人もいます。巡りあえたとしても引き離されたりもするこ
      とがあるんですよ。
男性客  :親父達のように。
マスター :ええ。でも心配はないのですよ。
女性客    :どうしてですか?
マスター :中のいい魂はいつかは結ばれるものだと私は思いますが。
女性客    :そうですね。
男性客  :小峰さん。
女性客    :はい。
男性客  :もし、よければ・・・
女性客    :ええ?
男性客  :機会があればですが、ご一緒にパリへ行ってみませんか?
女性客    :パリへ?!
男性客  :親父とあなたのお母様が一緒にいた場所。
女性客    :母がいた場所・・・
男性客  :今になって始めて親父が身近に感じるんですよ。
女性客    :ぜひ私も、連れていって下さい。母の青春の土地へ・・・

おわり

父の日記
Story by ushi

 

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