残り香の記憶(前編)
男は数年前に自分の前から消え去った女を探し求める。手掛かりは当時女がつけていたプールムッシュという香りのみ。しかしその香りの名前から以外な事実が浮き彫りになる・・・
《キャスト紹介》
男性客・・・
年齢24才。営業マン。
地方人特有の素朴さ、純情さがある。
過去の女を探している。
女性客・・・
キャリアウーマン風都会っ子。
機知とユーモアがある。
好奇心旺盛。行動派。
マスター・・・
(PLAY1)
S E ドアの開閉の音
マスター :いらしゃいませ。
女性客 :こんばんわ、マスター。
マスター :お久しぶりです。
女性客 :むし暑くなってきましたね。
マスター :そうですね。お飲み物は、何になさりますか?
女性客 :そうね、ジン・フィズをもらおうかしら。
マスター :かしこまりました。
S E ドリンクを作る音。
マスター :お待たせしました。
女性客 :ありがとう。(一口のみ)ああ、おいしい。
男性客 :(呟くように)間違いない、この香り・・・
(感慨深げに)この香りだ・・・
(女性客に切羽詰まった感じで)すみません・・・
女性客 :はい?
男性客 :その香り、あなたがつけている、その今の香水・・・
女性客 :あら、ごめんなさい。ちょっときつすぎたかしら・・・
男性客 :いいえ・・・
女性客 :失礼よね、やっぱりこういうお酒を頂く場所では。
男性客 :いや、そうじゃないんです。
女性客 :え?
男性客 :その香水の名前、教えてもらえませんか?
女性客 :それって、始めて会った女性を会話に誘う口実?
男性客 :(じれったい)いや、そんなんじゃありません。
僕はただ、その香水の名前を知りたいだけなんです。
女性客 :なーんだ。わたしにじゃなく、
わたしがつけてる香水に興味があるわけか。
男性客 :あ、ごめんなさい。失礼しました。
女性客 :そんな簡単に謝られると弱いのよ、わたしって。
マスター :彼女がつけてる香りに、何かわけでもありそうですね。
男性客 :はい・・・
(PLAY2)
男性客 :自己紹介もしないで、変なこと聞いてしまって
申し訳ありません。僕は島田と言います。
女性客 :冗談よ、気にしないでよ。判ってたわ。
でも、あまりにも表情が真剣だったから、つい。
あなたみたいに素朴で素直な人見たら、
からかいたくなっちゃうのよ。ごめんなさい。
男性客 :いいえ・・・
女性客 :わたしがつけてる香水の名前を知りたいのね。
男性客 :はい。
女性客 :プール・ムッシュって言うのよ。
男性客 :(噛み締めるように)プール、ムッシュですか。
女性客 :そう、シャネルから出ているの。
男性客 :シャネル。シャネルと言えば有名じゃないですか。
女性客 :ま、一応。
男性客 :じゃ、どうして見つからなかったんだろう・・・
女性客 :あなた、この香りを探していたの?
男性客 :そうなんです。
女性客 :意味深ね。でも、間違いないの?
男性客 :ええ、臭いには敏感なんです。
でも、一応もっとよく確かめさせてもらえませんか?
女性客 :ええ、いいわよ。
S E バッグから香水入れを取出す音
女性客 :はい、どうぞ。
男性客 :こういう、入れ物に入ってるんですか?
女性客 :それはアトマイザーって、携帯用の容器よ。
あ、だめよ、直接手にかけちゃ。
貸してみて・・・香水ってのはね、
こうやって一度コットンに染み込ませて、
ワンクッションおいて肌につけるの。
その方が香りがソフトになるのよ。
それでそのコットンは洋服ダンスとかバッグに入れておくの。
男性客 :(感心して)へー。
女性客 :どう、その香り?
男性客 :・・・うん、間違いない。この香りです。
(PLAY3)
男性客 :でも、どうして有名ブランドなのに
判らなかったんだろう・・・
女性客 :それは・・・限定販売だったからよ。
男性客 :限定販売!
女性客 :そう、数が限られた商品なのよ。
男性客 :(納得)あー、そうか。限定販売・・・
女性客 :納得した?
男性客 :はい、しました。
女性客 :だったら、そのいきさつをよければ聞かせてよ。
男性客 :いきさつ?
女性客 :ええ、あなたがそんなにしてまで探し求めていた
プール・ムッシュのいきさつ。教えてあげたんだから、
聞かせてよ。
男性客 :(困る)はあー。
女性客 :好きだった女性がつけてたんでしょ。
男性客 :はい・・・
女性客 :でもその女性はもういない。別れたんだ?
男性客 :別れたというか・・・
女性客 :振られたの?
男性客 :振られたのかなあ・・・
女性客 :とにかくいなくなったんだ。
でも、もう1度会いたいから探してる。
男性客 :そうなんです。
女性客 :いつから?
男性客 :3年前です。
女性客 :つき合っていたの?
男性客 :3ヶ月間暮らしていました。
女性客 :暮らすぐらいなら、香水以外にも色々手掛かりがあるでしょ。
男性客 :それが、名前以外は知らないんです。
(PLAY4)
男性客 :僕がまだ大学生で神戸に下宿していたときでした。
僕は実家が愛媛の三沢というところで、
今の勤めも地元市内なんです。
女性客 :じゃわざわざ探しに来てるわけ?
男性客 :いいえ、出張です。
大阪神戸にうちの会社は出張が多くて、
今回も1週間の滞在なんです。
それで神戸に来る度にこういう彼女が好きそうなお店を・・・
女性客 :そう・・・
男性客 :彼女との出会いはほんと偶然のようなものでした。
アルバイトをして帰りが遅くなった晩、
夜道に彼女が立っていたんです。
その様子が今にも何か消え入りそうで、
もの哀しかったから・・・
女性客 :それで声を掛けてあげたの?
男性客 :ええ、それまで田舎者の僕なんか、
知らない女性に声を掛けたことなんか1度もなかったけど、
そのときは妙に自然と出来たんです。
それで、近くにあった喫茶店に二人で入りました。
でも、僕は何を喋ったらいいのか判らなかった。
そこで僕が知ったのは、彼女が霧野静という名前で、
僕より3つ年上だということでした。
女性客 :霧野静さん・・・それでどうなったの?
男性客 :彼女は帰る所が無いと言うもんだから・・・
女性客 :あなたのお部屋に誘ったのね。
男性客 :誤解しないでください。変な気はなかったんだから。
僕は友達の下宿へ泊まりに行こうと思ってました。
女性客 :ほんとうかしら?
男性客 :ほんとうです!・・・
(言いにくそうに)だって、僕はまだその時、
その、女性経験が無かったですから、
そういう時の対応能力に自信が無かったんです。
女性客 :(吹き出す)対応能力ね、じゃあなたは紳士的すぎる態度で、
その可哀相な彼女に部屋だけを提供してあげたのね。
男性客 :いいえ。
女性客 :え?
男性客 :彼女と夜を過ごしました。
彼女が、彼女が一緒にいてほしいって言ったものですから・・・
(PLAY5)
男性客 :その後彼女は、僕の部屋にしばしば来るようになりました。
気がつけば洋服ダンスの服が、僕のより多くなってました。
女性客 :ふうん。
男性客 :僕にとって彼女は大人の女性としての魅力が充分ありました。
容姿だけでなく、性格、話し言葉、経験すべてが。
女性客 :年上の女性の魅力か・・・
男性客 :彼女と暮らすようになって、
自分が変わっているのがはっきり判りました。
最初は気後れしていたのですが、
だんだんと自分の自信となって、
これまで割と消極的だった性格も積極的な方へ。
外見も彼女に言われてお洒落をするよう
になったら、女友達も出来るようになりました。
女性客 :男も女次第で変わるか・・・
男性客 :彼女は僕の自慢でもあり、
もうかけがえのない人になっていました。でも・・・
女性客 :でも、どうしたの?
男性客 :でも、いつもとても不安だったんです。
女性客 :なぜ?
男性客 :彼女と僕はとても不釣り合いだった。
彼女は魅力ある大人の女性、僕は社会経験もない子供でした。
周りも言ってたし、自分でも感じてました。
それに彼女は、自分の身の上話をあまりしてくれませんでした。
だからいつも一緒にいる自分の彼女という感覚はなく、
とても存在自体が不思議で、不安だったんです。
女性客 :なるほどね。
男性客 :そして僕の不安通り彼女は、
突然に僕の前からいなくなりました。
ある日大学から帰ってみると、彼女の身の回りの物が
全て部屋から無くなっていたんです・・・
女性客 :形の無い、その香りだけを残して・・・
男性客 :もう探しても見つからないと直感的にそう思いました。
そう思いながらも、気がつけば僕は街を彼女を
探してさまよい歩いていました。
(PLAY6)
女性客 :プール・ムッシュの香りだけを残して去って行った女か、
香水は間違いないのね?
男性客 :それは絶対自信があります。
女性客 :どう思いますマスター。
マスター :捜し出すにはちょっと手だてが少なすぎますね。
男性客 :はい・・・
女性客 :手掛かりは名前が霧野静ということと、年齢が今じゃ・・・
男性客 :27、だと思います。
女性客 :他には?
男性客 :とくには・・・
女性客 :お勤めなんかは?
男性客 :僕と一緒にいる間は働いていた感じはありませんでした。
マスター :でも・・・
女性客 :なんですか、マスター?
マスター :その彼女のお名前が、少し気になりますね。
女性客 :マスターもそう思ってました。
マスター :ええ。
男性客 :どういう事ですか?
女性客 :ひょとして捜し出せるかもしれないわよ。
男性客 :本当ですか!?
女性客 :実際捜し出す事はわたしには出来ないから、もしよければ
探偵さんをご紹介するわ。
男性客 :探偵・・・
女性客 :わたしの従兄弟が私立探偵をしているの。
男性客 :お願いします。
女性客 :神戸の滞在はいつまで?
男性客 :1週間です。
女性客 :見つからなくても気を落とさないでね。
男性客 :お願いします。
つづく
残り香の記憶(前編)
Story by ushi
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