奇跡は大きい小さいに関係なく引き起こすことが出来る
今このブログを読まれている人が一体どのくらいの数かわかりませんが、この記事内容に従ってスプーン曲げをするとおそらく半数の人はスプーンをいとも簡単に曲げることが出来ると思います。
曲げるといっても力任せに曲げるのではなく、TVでよく超能力者が演じていたように指一本で曲げることが出来るようになります。
その昔ユリ・ゲラーという超能力者をテレビで観て、キッチンから慌ててスプーンを取り出し見よう見真似でやってみても到底無理でした。
しかし、今から紹介する本を偶然見つけてその本の内容の通りにやってみたことがあります。
その本はあまり話題にならなっかたのですが、この本の意図は世界平和を訴えた本でありまして「奇跡は大きい小さいに関係なく引き起こすことが出来る」という大前提のテーゼがあり、そのまずは小さいと思える「奇跡」をスプーン曲げに例え、そのスプーンを曲げるノウハウを数日間に分けてレクチャーしている本でした。
そしてその「小さな奇跡」をマスターすれば、世界平和という今では「奇跡」と思える大きな奇跡させ、多くの人の気持ちで叶えることが出来るというものでした。
僕もそうなのですが、何事も自分の実体験がないとなかなか腹に落として理解したり納得出来ないものなのです。
本の冒頭部を見てやはり「ほんまかいな」という懐疑の念が起こりましたが、そこは興味旺盛な性質(タチ)なので、まずは本をその場で購入し家に帰ってレクチャー通りにやってみることにしました。
その本はすでに手元にありませので詳細は忘れてしまいましたが、まず1日は○○して下さい。はい、2日目は××して下さい。というように日を追ってスプーン曲げのノウハウが書いてあったと思います。
本の通りやってみるのですが、なかなかそこは上手くいきません。
スプーンというものはどんなに小さくともやはり金属なので、指一本では心底力を入れてさえも曲がるもんじゃないのです。
それを1週間ほどした時でしょうか、さんざんスプーンをいじくり回した後に疲れて、日課の瞑想をした時でした。
すでにスプーン曲げを忘れていたのですが、不思議と瞑想中に「あ、スプーンは曲がるものなんだ」って、フト思ったのですね。
思ったとたん、その感触を忘れず机の上に置いてあったスプーンを右手に取り、左手の人差し指でスープンのサジの先端を触れたとたんまるで柔らかい飴のようにスプーンは曲がってしまったのです!
そう「曲がってしまった」と表現するように、あっという間にスプーンはグニャリと折れてしまったのです。
自分でしておいて、これほど驚いたことはそうそうありません。
僕が不思議に思ったのは、スプーンが曲がったという事実よりも、その前に意識の中で「スプーンは曲がるもんなんだ」と、さも当然とそういう意識が湧きあがったことです。
「曲がれ」とも「曲がる」とも違う「曲がるものなんだ」と思えたことがです。
その後も、随分とこのスプーン曲げの出来事を自分なりに何度も思い返してみてはそこにあった仕組みを考えてみました。
実はこのスプーンが「曲がるものなんだ」という感覚は、以前どこかで体験したような気がしたのです。
どこだったか随分記憶の倉庫をあちこち探してみたところ、そのひとつは麻雀をしていた時、ほんの数回味わった感覚と妙に似ているのを思い出しました。
麻雀というゲームは「運」というものに左右される要素も強く、時折妙に信じられないほどの「強運」の嵐に見舞われることが数少ないのですがあります。
その時は、どんな手牌が来ようが最短距離でテンパイ(あがりの一歩手前)までおもしろいように出来上がるのです。そして、必ず上がることが出来る、まさに神業の瞬間です。
それともうひとつは、高校時代野球部で凄く自分の調子がいい時にバッターボックスに入るなり「あ、これは打てる」と根拠のない自信が沸き上がり、その実簡単にヒットを打てた瞬間の感覚。
どちらも感覚なので、具体的に表現出来ませんが「出来ない」という感覚が意識の中に全く無い状態です。
「出来ない」が無い状態なので「出来なはずがない」と言葉で書けば、そういう心理的状態になるのです。
「スプーンは曲がるもんなんだ」と感じた瞬間というのは、まさに上記に上げた心理的感覚と非常に似ていると思います。
そしてこのスプーン曲げの体験で得たもうひとつの「眼には見えないけど大切なこと」は、イメージの実現には途方もないほどの繰り返しの出来ない事前経験が絶対に必要だということです。
最初本を読み、何度も何度もスプーン曲げをするのですが出来ないのです。それはたぶん顕在意識という中で、スプーン曲げを捉えて曲げようとするので出来ない。
しかし、それを意識がヘトヘトに疲れるくらい繰り返した時に、意識はどこか尋常ではないところへ突如飛んでいくのだと思います。疲れ果てた末に。
飛んだ時に、意識変換が起こり、その尋常じゃない意識によりこれまで不可能だった事柄が突然出来るのだと思うのですね。
以上はあくまで推測ですが、実体験から辿り着いた僕の結論です。
神業に近い状態というのは、ひょっとして読者のみなさんも多かれ少なかれ経験したことがあるのではないでしょうか?
たとえ1回でも経験したことがある人なら、感覚的に僕が言っていることが理解出来ると思います。
自分の経験上無かったことがひとつの経験により「出来た」と体験として得ることが出来たときにはじめてその「感覚」を理解出来るとも思います。
だからより大切なのは「奇跡とも思える」どんな小さな体験でも、マグレでもいいから実体験することだと思います。
そして「出来た」経験を忘れず、感覚として自分の中に入れる。
それが「イメージを実現する」コツなのだとも思います。
『奇跡は大きい小さいに関係なく引き起こすことが出来る』

はじめて曲げたスプーン

一旦出来た体験というものは2度目を起こしやすくする。
僕がスプーン曲げが出来だすと周囲の人もスプーンを曲げだす人が出てきた。これもひとつの法則でしょうか。
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