良い肉親関係
私の母親は、すでに還暦も過ぎていますがとても元気です。母親とは、子供時代から良い人間関係で来れたと思います。その関係は今でも続いています。
親子喧嘩をしたこともありません。叱られたことは枚挙にいとまがありませんが。
今の私の人間付き合いは、いたってシンプルだと思います。それはあまり他人に行き過ぎた「情」を絡まさないからだと思います。その資質は母親から教わったような、今となっては気がします。
母親の言葉で印象的な言葉があります。「子供は神様から、20年間預かる親の楽しみ」という言葉を一度だけ聞いたことがあります。
「あんたらといて(もちろん私のこと)腹も立つこともあったけど、振り返ってみたら楽しいことの方が多かった。私は私の人生やし、お前はお前の人生」とも言われました。いかなる時も、子供を自分の所有物として扱われたことがなかったと思います。余計な関わり方をされる時もなかった。
言ってみれば子供の時から、ひとりの個人として見なされていたと思います。
数限りなく怒られたといいましたが、その怒られ方は子供としても理屈が通る怒られ方なのです。「どう考えても俺の方がやっぱり悪いやろ」と納得する。納得するので後まで逆恨みすることはない。
怒られる時の原因は、「他人に無意味に迷惑」をかけた時。それ以外は、多少の校則違反くらいでは全く怒らない。度重なる校長訓示の呼び出しを受けても、僕に小言の一つも言わない。最後には先生方の方が母親に対して恐縮してました。
学校から母親との帰り道、「お腹空いたやろ、ご飯食べて帰ろか」と、何事もなかったかのように言ったりする。
こういう接し方をされれば、いくら反抗期の年齢と言えども「悪いなあ」と自然と自ずと反省する。こんな親にもう迷惑を掛けるまい。とも思った。
男女関係でもそうだろう。浮気されて怒られれば、こちらもいきがかり上腹も立てたりする。
だけど、浮気を感づいているかも知れないのにいつもと変わらぬ優しさで尽くされれば「悪いことしたなあ、もう二度と浮気はやめよう」とも単純に思うし、「やっぱりこいつが俺の女として一番だ」と愛情を強めたりもする。
だから愛情とは、けっして見返りを求めずにいれば相手に通じるものだと思います。けっして交換条件で生まれるものではありません。
親の愛情でも、最近では見返りを求める人が多い。自分の老後のためにこの子を育てようと、ご親切に懇々と子供に言い聞かせる親もいる。
結果的には面倒を見るものですが、それが「それはお前の義務だから」とするのと、「今日まで自分を育ててくれた恩返しに」という内容では、天地ほどの差がある。
本当に子どものためを思う親の子なら自然と自分の親のことは気にかけます。それが本当の良い「情」というものです。
「私が与えてあげたから」ではなく、お互いがやっぱりここでも「ありがとう」でしょう。
夫婦でも日常して貰えることが、慣れれば当たり前と取りがちになる。でもそんな時、俺が1人なら会社から帰って一から食事を作らなければいけないんだ。と、少し考えれば作ってもらうことに改めて感謝の気持ちが湧く。そして自然と「ありがとう」と言えると思う。
ためにし料理を作ってもらったら、必ず最後の「ごちそうさま」に付け足して「ありがとう」と言ってみたらいい。必ず食べる方も、作った方も「良い気持ち」になりますよ。
恋人同士でも同様のことは多々あります。
私の母親には、思えば親として接したというよりやはり一個人として一緒にいたという感じの方が強い。
だからプレゼントでも普通の親に渡すつもりで買えば、文句を言われる。「こんなもの私の趣味じゃない」と、にべもない。だから1人の女性として見なければならなし、そういう付き合い方をする方が本人いつも気をよくしている。
音楽でも演歌よりロック調の歌手が好きだし、外出も観劇なんかよりもドライブなんかの方を好む。だから一緒にいても結構おもろいですよ。
親子でも夫婦でも、恋人同士でも行き過ぎた「情」を絡めず、ひとりの個人として確認しながら接する方がうまく行くんじゃないかな。親しい人ほど、たまには距離を置いて一個人として見直すこと。それも人付き合いのひとつの「コツ」だと思います。
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