二人だけの味:カテゴリー
二人だけの味
僕は20代の前半から、5年ほどひとりの女性と一緒に暮らした経験があります。とても気が合う女性でした。
経験ある方は分かると思いますが、離れて付合うということと同じ屋根の下で暮らすということは雲泥の違いがあります。
ただ離れて付合うという関係は言ってみれば、とても心地よいものです。
お互いが会いたい時に会い、会いたくないと思う時期は無理せず会わなければよい。会っていてもケンカした時は、プイとお互いの家に帰ればいいんですからね。
しかし同じスペースに寝床を構えるとなるとそうはいかない。ケンカしても相手はどうしても、目の届く範囲にいるわけです。
いくらカッコつけても嫌な部分も、カッコ悪い部分も見せ合うことになる。起き抜けの頭爆発状態、化粧もしていない状態で相手に自分を晒すのです。
それまでは完全武装で、一番最高の自分で会いにいけたのに。
僕たち二人の生活は、最初ガラステーブル一つとTV一台からはじまりました。その他のベッド、冷蔵庫などはそのマンションの備え付け。とても生活感のない部屋でした。まるで安物のラブホテルの一室みたいなスペースでした。
そしてまず暮らしはじめて、何がネックになるかと言えば毎日食べる食事です。僕は肉が好きなので、洋食系です。彼女の家の系統は煮物の多い和食系。
まずはここで合わない。
「お前の作る料理はなんでも美味しい」と食べれるのは、1週間がまずはいいところ。
彼女にしてもまだ20代の最初なのでどんな料理でも出来るというわけじゃない。まして家は和食系なので、洋食のレパートリーは極端に少ない。
食事を巡って毎日ケンカとなりました。僕もその時はまだ若かったので、ケンカの最後は彼女の料理を残して駅前のソバ屋まで行って晩御飯を勝手に食べたりとしたことも何度となくありました。
でも彼女の偉かったとこは、一生懸命僕の言う味に近づけてくれたことです。料理が美味いまずいは、結局自分の舌に合うか合わないかなだけなのです。自分の家の料理が一番おいしいと思えるのは、長年親しんだ味だからなのです。理由はただそれだけ。
長年違う環境で20年も暮らしてきたのですから、味覚は違って当然です。彼女もまだ若いので、単なる経験不足なわけです。
でもこれが長く一緒にいると、不思議なことが起こってきます。
彼女は僕の味に近づけてくれようとします。でも料理は洋食ばかりも食べられないので、彼女が作る彼女の家の和食も僕も食べるように努めます。
そういう二人の歩み寄りで、二人の味が自然と出来てくるのです。僕の家の味でもなく、彼女の家の味でもない二人のオリジナルな味です。そうするとこれがまた不思議なことに、その味が一番自分に馴染んでくる。一番美味しいと思える味になるのです。
最初はあんなにまずいと思った彼女の料理が、この世で一番美味しいと思える味に変わったのです。
僕はこれが男と女が一緒に暮らしていくうえで大切なことだと思うのです。
この料理のたとえは、一緒に暮らしていくうえの一番大切なたとえです。
全然違う環境で育ったのですから、価値観も生活レベルも習慣も些細な日々の生活パターンも違ってこそ当たり前なのです。「価値観が同じ人が理想です」とみんな言いますが、そんな人探してもいませんよ。
同じように見えてもどこかが必ず違うのです。そして生活してみて、同じだと思えた価値観が違うことを知りガッカリする。よくあるパターンですが、ガッカリする方がおかしい。
まったく同じ価値観の人なんてこの世にいないんですから。
正確には価値観は二人で作り上げていくものです。妥協できる基準を生活という共同作業で、作り上げることが出来るか出来ないかだけです。
異性と生活するということは、建設的でなければなりません。ひとつの味を作り出すのも建設的な作業なわけです。
「この料理美味いけど、もう少し辛みを利かせた方がいいんじゃないか」「そうかもね、次はそうするわ」と進歩しなければ意味がないわけです。
二人でスタートする生活も、基本的には二人で作っていくものです。共同作業で二人で向上していったらいいわけです。
これからはじめるのですがから、最初は何もなくてもいいわけですよ。僕と彼女がガラステーブルとTVだけだったように。何もないからこそ、増やす楽しみというものが生まれる。
今の結婚生活をはじめる人達は、すべて親の手助けによりすべてが揃った段階からはじめる。建設的な作業という楽しみを奪われているわけですよ。
実際、生活のモノを増やすということはやってみるとしんどいけど、逆に楽しいものがあった。
「今月は念願の電子レンジが買えたな」
「料理のレパートが増やせるね」
「じゃ来月はいよいよダイニングテーブルを買おう」
そうやって毎月目標を持って、一つずつ家具が増えていったものです。最終的には御影石で出来たテーブルもあった。そして家も次第に広く奇麗なスペースへと変化していきました。安易に買って貰ったものじゃないから、二人ともとてもモノを大切に扱うようになる。それを手に入れるまでの苦労を知ってるから。
そして物に愛着が出来る。これはあの仕事で臨時ボーナスが入ったので買えたものだった。というようにモノに思い入れが出来る。男女の二人の共同生活とは、このように建設的に同じ方向を向き合って歩いて行けるかどうかだと思います。
出会った頃の二人はお互い相手を見ようと向き合っているものです。しかしやがて手を繋ぎ、同じ方向を見るようにと変わっていきます。言ってみれば恋する二人は、ある時期から生活という共同作業を助け合う戦友みたいになるもんじゃないかと思います。
戦い抜いた後には、単なる喜びに増して充実感という二人でしか味わえないような思い出が残ることでしょうね。
みなさんも、共同作業が出来る戦友を早くみつけて下さい。
GOOD LUCK!(^^)
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