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恋愛放浪記 -青春編-
食事の席で、僕の20代の頃の恋愛話を少ししたところ、この恋愛コラムにも書いて欲しいとの要望がありましたので、今回は恥ずかしながら僕が若い頃どんな恋愛をしていたのか書いてみようと思います。
僕は高校を卒業してから、すぐに脚本家の養成所に入ったのですが、卒業したからといって、早々に就職口なんて見つかりませんでした。その間、習作をしながらサラリーマンを少ししておりました。
職場は三宮にありますTホテルというところでした。最初はアルバイトとして働いていたのですが、支配人からの薦めで正社員となり、いきなり主任という肩書きを貰いました。よほど人材不足だったのでしょうね。当年21才くらいの時です。
しかしホテルというところは勤めてみればおもしろいところです。まあ、当時の若い男としてはという意味です。何がおもしろいのかといえば、周囲は大学生くらいの若い女の子だらけなのですな、これが。
ホテルというところは大所帯なので、部署がたくさんあります。フロント、飲食関係のサービス、事務職など。そこにはさらに時間帯などで細分化しており、時間によっても就業する人が替わります。
若い女の子のアルバイトが配属されるところで言うと、朝のメインダイニングで行われる朝食。これは宿泊客が朝ごはんをとります。満室などになると結構忙しいので、たくさんのアルバイトが動員されます。
そしてホテルの顔となるフロントサービスです。こちらももちろんスチュワーデスみたいな制服姿の綺麗な女性がたくさんいます。
さらにバンケットルーム係りといって、ホテルには宴会場がいくつかあり、そこで行われる宴会、披露宴などを担当する人たちです。こちらは派遣で来ていた女の子が多かったですね。
そして僕が主任をしています、ロビー喫茶ですね。大半が大学生のアルバイトたちです。営業時間が12時間なので、2交代から3交代で業務を行います。
その他にもキャッシャーとかクロークとか、経理などそれこそたくさんの部署にたくさんの年頃の女の子がうじゃうじゃいるわけですな。見るだけで忙しいですよ。
そういうところに僕は20代の前半にいたわけです。考えてみれば、神様が与えてくれた女性に対する修行の場だったのかもしれませんね。それにしても楽しい修行でした。
まず僕が主任をしているロビー喫茶なのですが、ここも多い時では7人?8人くらいのアルバイトの子がいました。そのアルバイト達は、どの子もとてもかわいいのです。やはりホテルの顔となるロビーに配属されるからでしょうか?いや違います、僕が面接をしていたからです。
人員が減ってくると求人募集をするのですが、ホテルというところは案外応募が多いのです。女性のアルバイトでもホテルと言えば、固いという印象なのか、家人に許可を貰い易いのか、なにせ良家のお嬢さんみたいな子が多かったですね。
応募があれば僕が面接して気に入った子を採用します。その中でも、さらに僕が気に入った子は彼女として採用していたという訳ですね。
ホテル内のサービスは、忙しい部署があればヘルプという形で応援に行くことがあります。だから違う部署でも働く機会はあるのですね。そうすれば当然そこへ来ているアルバイトの女の子とも親しくなるというわけです。
夏になるとホテルの屋上では、ビヤガーデンもしていましたので、シーズンになるとこれまた大量のアルバイトの女の子達が動員されるというわけです。
そういう形であちこち行ってますと、あちこちで彼女が出来たりするのですね。まあこれは自然発生と申しましょうか、成り行きでそうなるのです。若いときは。
そうなると仕事でも忙しいけど、プライベートでも大層忙しくなります。
仕事の拘束時間は12時間です。夜の9時終業にて、女の子と待ち合わせします。食事をして三宮の山手にあるホテルにしけこむという毎日です。
朝は当然そのホテルでギリギリまで寝ています。目が覚めればベッドに女の子を残し、マラソンランナーよろしく三宮の街目掛けて山から走り下りてくるのが日課でした。だから他の同僚達の多くは、僕は三宮の山手に住んでいるのだと思っていた人が多かったですね。あえて訂正しませんでした。
そんな毎日ホテル暮らしをしているとお金が当然持ちません。だから元町辺りのワンルームマンションに引越し、経費の削減を図ることにしました。が、これが結局裏目に出るのですな。
自分の部屋だと、付き合ってる女の子が勝手に来る場合があります。ところが僕は当時彼女は2人や3人ではなかったので、困りました。一応シフト表を作るのですが、当人達にこのシフト表通り来るようになんて当然言えませんわな。だから結局またホテルを利用することになりました。だから当初より余計経費が掛かったということなのです。
そんなこんなで、当時の僕と言えば昼間は馬車馬のように働き、夜は種馬にように働いていたと表現するのがあってるのではないでしょうかね。
こういう無茶な付き合い方をしていると、とんだハプニングもたくさん起きますね。ある日、僕は一人の女の子と別れる決断をし、お昼間の休憩時間にその子と待ち合わせをして、一方的に別れ話をしたことがあります。(若かったので今から思えば、自分勝手でひどいものですね。けっしてマネをしないで下さい)
そして同じ日に、僕は違う女の子と夜に会いました。するとその女の子から「今日、私の友達が彼氏から一方的に別れ話をされて可愛そうだったわ」と僕に言うではありませんか。「どんなひどいことをされたの?」と何気に聞くと、「横断歩道を手を繋いで渡っていると、急に手を振り解かれ、今日で別れると言い残し、一人その場から立ち去ったのよ。鬼みたいな男ね!」と。
「ふ?ん」と聞きながら、考えてみるとどこかで見たような話だなあ。って言うか、それ俺じゃん!
何気な態度を装いながら、いつ俺の実名が出るのかとヒヤヒヤしながら聞いていたものでした。が、最後まで僕だとわからなかったようでニヤミスで済みました。マンガみたいな話ですね。。。(汗)
でも、いっぱいの女の子と付き合ってるとやっぱりどこかで誰かと誰かが鉢合うものですね。修羅場もたくさんありましたよ。
修羅場ならまだいい方で、鉢合わせした女の子同士が話し合ってるうちに仲良くなって、レズ関係が出来上がり、僕一人が残されたというこれまたマンガみたいな喜劇もありましたね。ドラマですね(^^;
でもみんながみんな遊びで付き合ってた訳じゃなく、結婚まで考えて本気でプロポーズした子もいるんですよ。名前はKと言って、当時やはり女子大生でした。アルバイトの中でも一番美人で、とても人気のある子でしたね。
当然僕も彼女のことが好きになり、付き合って欲しいと告白しました。しかしすでに彼女には結婚したいという男性がおり、何度も断られました。
何度でもというのは、僕はどうしても彼女のことが好きだったので、何度も何度も彼女になって欲しいと言い続けたのです。その回数17回。
17回も言い続けて、17回断られたらさすがにめげますね。でも最後の方は、言う時点ですでに、ダメだろうなあという諦めの気持ちの方が強いのですね。ダメ元なので、気負いもなく自然に言えてた気がします。
すっかり諦めてた頃に、彼女から久しく電話がありました。
とりとめも無く電話で世間話をしていたと思います。もうこちらとしては、Kを彼女には出来ないという諦めがあったので、もうその時はそんな話題もあえてしませんでした。しかし、付き合いを断った男に電話連絡をして長電話するとは不思議だなあと途中から思い、彼氏との仲を何気に聞きました。
「彼氏とは別れたの」
彼女の返答は僕の予想にない驚くものでした。そしてその電話の中で、もう一度僕の彼女になって欲しいとKに伝えると、答えはすんなりOKでした。
こうして、死ぬほど好きだったKを自分の彼女に出来たのです。そりゃ嬉しかったですね。嬉しいのと同時に、Kを彼女に出来たのは僕の中ではとても大きな自信に繋がりました。
思い続けたら、実現するんや!と。
Kと実際付き合ったのは、半年くらいのものです。就職の関係で卒業と同時に田舎に帰って行き、遠距離ということで最終的には別れました。
一緒に居れた期間はとても短かったけど、Kは僕に挑戦し続ける大切さと、好きになった女性には命がけであたる大切さを教えてくれたのだと今も感謝しています。
20代という若い時代は、男も女も少々無茶な遊びや異性関係でもいいと思います。それも中途半端なことはせず、とことんやれば得るものもあります。とことん底を見れば、その本質がわかり遊びの質も変わってきます。
30代は、ちょっと無茶は出来なくなってきます。異性の面でも、20代と同じようなことをしていれば、アホちゃうかと言われます。20代の経験を生かして、良い恋愛をする時期です。
40代は、甘いも酸いも噛み分けた分別があって当然の年です。恋愛でも、その相手と付き合えば、最終的にはどうなるか、みたいなものを見据えた付き合い方をしないといけません。遊びをするにも、遊んで良い人と、そうでない人との区別が出来ないといけません。40代で、相手を傷つけているようでは、これまでに何をしてきたのか、ということになりますからね。
人間いくつになっても恋愛から学ぶことはあると思います。いくつになっても、人は人を恋したり愛したりする生き物だと思います。
恋をしなくなる人、恋を諦める人は、寂しい人です。
人生、仕事も恋も終生現役でありたい。
と思うのが、今の僕の心情ですね。
僕の恋愛エピソードは、まだまだ書き尽くせておりません。いつか恋愛放浪記・第二部を書くときに綴りますので、お楽しみに。
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