めぐり逢い
僕の好きなアメリカ映画に「めぐり逢い」(An Affair of Remember)という映画がある。それをビデオで改めて観た。
物語は大西洋横断の客船に国際的プレイボーイのニッキー・フェランテ(ケイリー・グラント)が乗っている。ニューヨークで遺産6億ドルを持つ娘と結婚する ことになっている。船内で出会ったのがやはり婚約者のいる元歌手のテリー・マッケイ(デボラ・カー)である。二人はニッキーの祖母の住む家を訪れたりする うちにすっかり本気になり、下船前のクリスマスの夜に半年後にエンパイアステートビルで逢う約束をする。
画家になったニッキーは、約束通りにその場所に赴くが、歌手に戻ったテリーは、ビルに行く途中で交通事故にあい重傷を負ってしまう。このあたりはすれ違いのカットバックで、見ている者はとてもじれったくなる。
そしてその後、いくつかのエピソードがありドラマの後半部分で二人は再会する。再会した時に、お互い「約束の場所へは行っていなかった」と嘘を付き合う。
しかし、この嘘の中にはとても重要な事実があり、感動のラストを向かえる。というお話。この映画は、米国の女性に今でも絶大な人気がある。誠実で気丈なテリーへの感情移入ができるからだろう。
しかし、と思ったのはこの映画を観終わってからのこと。もし、この時代に携帯電話というものがあれば、この映画なんかまったく成り立たないなあ。と思ったから。
ラブストーリーの盛り上がりは、枷(かせ)となるすれ違い、待ちぼうけというものが必ず必要となり、それを上手く使いこなすことで観ている者をドラマに引き込ますことが出来るのだ。
待ち合わせ場所で、相手を見失っても、携帯をかけることでまずすれ違いなんてことが起こることはなくなった。仕事などでは確かにロスタイムを減らすことにはなったのだろうが、その他の部分ではどうなんだろう。
テレビで「携帯電話が出来て恋愛が出来なくなったのは、待ちぼうけとすれ違いがなくなったからだ」と言うのを聞いたことがあるが、至極その通りかもしれない。
恋愛は会っている間だけが意味があり、会っていない間は意味がない、というものではけっしてないと思う。なんてこと言うのは、もう古いと言われるのだろうか。
現実が即座に手に入るようになった分、相手のことをあれこれ想像する時間が減り、同時にこれを逃したら次にいつ会えるかも、声を聞くことも出来ないので は、と思うハラハラドキドキ感のような一途に集中する部分も失われつつあるのかもしれないなあ、なんて思ってしまった映画でした。

物語は大西洋横断の客船に国際的プレイボーイのニッキー・フェランテ(ケイリー・グラント)が乗っている。ニューヨークで遺産6億ドルを持つ娘と結婚する ことになっている。船内で出会ったのがやはり婚約者のいる元歌手のテリー・マッケイ(デボラ・カー)である。二人はニッキーの祖母の住む家を訪れたりする うちにすっかり本気になり、下船前のクリスマスの夜に半年後にエンパイアステートビルで逢う約束をする。
画家になったニッキーは、約束通りにその場所に赴くが、歌手に戻ったテリーは、ビルに行く途中で交通事故にあい重傷を負ってしまう。このあたりはすれ違いのカットバックで、見ている者はとてもじれったくなる。
そしてその後、いくつかのエピソードがありドラマの後半部分で二人は再会する。再会した時に、お互い「約束の場所へは行っていなかった」と嘘を付き合う。
しかし、この嘘の中にはとても重要な事実があり、感動のラストを向かえる。というお話。この映画は、米国の女性に今でも絶大な人気がある。誠実で気丈なテリーへの感情移入ができるからだろう。
しかし、と思ったのはこの映画を観終わってからのこと。もし、この時代に携帯電話というものがあれば、この映画なんかまったく成り立たないなあ。と思ったから。
ラブストーリーの盛り上がりは、枷(かせ)となるすれ違い、待ちぼうけというものが必ず必要となり、それを上手く使いこなすことで観ている者をドラマに引き込ますことが出来るのだ。
待ち合わせ場所で、相手を見失っても、携帯をかけることでまずすれ違いなんてことが起こることはなくなった。仕事などでは確かにロスタイムを減らすことにはなったのだろうが、その他の部分ではどうなんだろう。
テレビで「携帯電話が出来て恋愛が出来なくなったのは、待ちぼうけとすれ違いがなくなったからだ」と言うのを聞いたことがあるが、至極その通りかもしれない。
恋愛は会っている間だけが意味があり、会っていない間は意味がない、というものではけっしてないと思う。なんてこと言うのは、もう古いと言われるのだろうか。
現実が即座に手に入るようになった分、相手のことをあれこれ想像する時間が減り、同時にこれを逃したら次にいつ会えるかも、声を聞くことも出来ないので は、と思うハラハラドキドキ感のような一途に集中する部分も失われつつあるのかもしれないなあ、なんて思ってしまった映画でした。
