美空ひばり・愛燦燦

僕は二十代の頃、商業演劇の舞台監督という職業をしていました。商業演劇というのはタレントや歌手が座長を努める公演のことです。その中で美空ひばりさんの舞台に、何度もつかせて貰いました。ひばりさんからは、ある事があってとても可愛がって貰ってたのです。

舞台監督と言ってもまだ二十代ですから、舞台の裏で黒子となりステージの進行から効果までなんでもしなければならないポジションでした。当時大阪の梅田コ マという劇場で、毎年一回美空ひばり公演をしておりました。ひばりさんという人は、芸能界でもやはり別格の人で楽屋から舞台までの通路で一言「暑いわね え」と言えば、その翌日にはその通路になかったはずのクーラーが取り付いている、という人です。なんと一晩で。

ですからひばりさんの舞台というのは、他の座長と違い舞台裏もとても張り詰めた空気でスタッフみんなのピリピリした緊張度も全然違うものでした。

第1部のお芝居の後は、オンステージがあります。ミュージックショーです。彼女の数々のヒット曲を舞台展開と共に演出していきます。そしてあれは忘れもし ない、オンステージでも最高潮の演出を見せる「愛燦燦」というひばりさんの代表曲を熱唱する場面です。曲調の高まりと共に、舞台の上下(かみしも)からは ドライアイスの雲の絨毯を敷き詰める演出です。

僕はその時、上手(かみて)でドライアイスを調整しながらスモークを舞台全体に敷き詰めるのが役割でした。ひばりさんの歌声と、舞台演出で絶好の見せ場となる、はずでした。

いかんせん、偶然舞台袖で僕がドライアイスを出しているきっかけ中、次の出番を待つ若いダンサーの女の子が僕に声を掛けてきました。すでに親しくなってるかわいい子だったので、ついつい会話を交わしたのです。舞台を振り向く恰好で。

するとそのダンサーの女の子が、突然凄い形相で舞台を指差しました。僕も慌てて舞台を振り向くと、そこにはとんでもないことが起こっていたのです。


み、美空ひばりがない!


そうです。ちょっとした隙に、ドライの調整を誤って大量のスモークが噴出し、舞台中央の美空ひばりを白い煙がもうもうと覆っていたのです。


南無三


本番中のトチリは、命取りですわ、あんた。前代未聞、前人未到、四捨五入!上演後プロデューサーと共に、美空ひばりさんの楽屋に平謝りに言ったのは言うに 及びません。幸いその日、本人が機嫌よかったのでしょうか。土下座している僕とプロデューサーを横目で見て、ニヤリとして僕に言いました。


「わたしは忍者じゃないのよ」と。


なぜかそれ以来「私を煙で消したスタッフの子」と可愛がられ、その後の公演でも毎回舞台につけて頂きました。ほんとうはとてもユーモラスで優しい人だったんですよ、美空ひばりさんは。

若い頃のとてもいい思い出です。







関連記事

  1. THEBOOM 島唄 秘められた物語
  2. Jitterin' Jinn

TOPPAGE  TOP